聞かれてもいないことを喋る

どこの SNS よりも一番自然体な文章を書き残す場でありたい

さみしさの耐性

ここ3年くらいで、自分はさみしさ耐性みたいなのがついたと思っていた。
が、どうやらそれは間違っていて、さみしさを誤魔化したり別の気持ちにすり替えたりする能力が発達しただけで、本来のさみしさ耐性みたいなのは変わってないのだと気づいた。
たまに誰かに優しくしてもらうことがあると、目を逸らしてしたさみしさと対峙しなければならなくなり、それが結構つらかったりする。自分が望んでいるようなことは、自分には獲得するだけのキャパシティがきっと無いから。