他人の不幸

精神的にかなり追い詰められているときに、どんなことよりも最終的に自分を救うのは、「自分よりさらに不幸な例を知ったとき」だったりする。

前もこうだった。人の不幸で解放されるなんで下衆いようにしか思えなくて、どうしてこうなるのかずっと理由を考えていたら、今日ふと分かった。

たぶん、「自分が最も恐れている事態になっても案外人は生きていける」ということを、その例をもって分かるからなのだと思う。失って本当に困るものは思っているよりずっと少ない、ということに。

負けることは怖いことではないのだと、ゲームを続けてさえいればそのうちいいことがあるのだと、そう自分に教えてくれるのだと思う。