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個人的にずっと抱えている問題がふとした拍子にこじれてしまって、ここ最近は久々にきつかった。

なかなかこのことは、人には打ち明けられない。重いしなぁ。

誰かに頼るということは、つらさの一部をその人に肩代わりしてもらうことだと思っていて。相手が大事な人であったり嫌われたくない人であればなおさら頼れない。(ここに書くこと自体が矛盾しているけれど。自分も誰かに読まれることを期待して書いているわけだから)

だから人に頼るという選択肢は自分は最初から排除して、どんなことがあってもなんとか自分の足一つで歩いていけるように物事を設計して、実行している。

それでも一日に一回くらい、うっかり油断したときに思う。誰かの胸にすがって泣くことができたらどんなにか楽だろうか。「どうすればいいか分からない」と一言本音を打ち明けることができたらどんなに救われるだろうか、と。

ネガティブな感情は基本すべて押し込めるようにしているけれど、そういう感情を押し込めておけるスペースというのはどうも限られているらしく、ある程度以上やりすぎるとだばだば漏れ出てきてしまう。


少し暗い話になる。

人間の、生きることへの執着というのは、どんな欲よりも勝ってすごくすごく強い、と思う。

たとえば死ぬよりつらい苦しみが絶え間なく襲ってくる運命を背負ったとしても、人は生きることを選択し続けてしまって、その結果苦しみをかぶり続けてしまうのだと思う。途中で死ぬことを選んでいればずっと昔に解放されたであろう苦しみを。

そういう執着が正しいことなのかは今の自分には分からない。

ただ、1つ思う。生き続けた結果、未来でささやかな幸福に出会うとする。たとえその幸福が、そこに至るまでの苦しみを考えればまったく割に合わないものだとしても、でもその幸せは生きていないと絶対に感じることのできなかったものなんだよなぁ。

だから何、というものでもないけど、事実として。