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聞かれてもいないことを喋る

どこの SNS よりも一番自然体な文章を書き残す場でありたい

帰省するたび思うこと

年末ですね。

うちの一家(父母姉)は毎年大晦日と元旦は両親の実家に集合するというのが暗黙の決まりなので、今年も実家のある関西に帰省することになるんだろう。*1

 

で、毎年帰省するごとに思うのが、「自分を無条件で全肯定してくれる存在って良いものだなぁ」ということだ。

僕は友達がほとんどいない。ゼロってことは流石にないけど。(大学時代はずっと引きこもってプログラミングしてて、社会人になってからも持病がひどくて人と会うなんてことは滅多にできなかったので、作るタイミングを完全に逃したのだ)

なので日頃顔を合わせる人たちは 99% が同僚だ。

 

仕事上の付き合いとなると、自分が仕事でヘマをすれば周りの信頼はあっさり落ちるし、逆に信頼を積み重ねていくのはとても大変だ。会社の中で周りから認めてもらうためには、日々の努力と成果の積み重ねが欠かせない。

一方で家族というのは、なーんにもしなくても、そのまんまの自分を受け入れてくれる。帰省するたびに、自分にもそういう存在があったのだなと、ハッとする。

 

僕の好きな言葉に「人には行く場所と帰る場所が必要だ」というのがある( この話から)。行く場所が働きに行く場所だとすると、帰る場所というのは「自分を無条件で全肯定してくれる人のコミュニティ」のことを指すだろうか。それは家庭に限らないと思う。

人には「帰る場所」、つまり自分を無条件で全肯定してくれる人が必要なのだと僕も思う。(特に、夢や目標に向かって頑張っている人にとっては、とりわけ。足場・帰れる場所があるから頑張れるというのはあると思う。)

僕にとっては家族がそうだし、少ないながらも友達にもそうしてくれる人がいるので、そういう存在のありがたさを噛み締めないとなぁと思ったのだった。

*1:てか先週金曜まで忙しすぎて新幹線のチケット取ってない。ヤバい。まあ喫煙席なら空いてるだろうしなんとかなるだろ。

幸運と不運

幸運も不運も、その人の日頃の行いとは関係なしにランダムに降ってくるものだ、という持論を昔から持っている。

日頃の行いをどんなに頑張って良くしていても災難にぶち当たるときはぶち当たるし、逆にズルして生きてるときに限って幸運が訪れたりすることもある。

 

だから日頃の行いを良くしても意味ない、ということが言いたいのではなく。

 

日頃の行いをどれだけ良くしていても不運に泣かされるときは泣かされる。それはもうどうしようもないし、仕方ない。

そういうときに泣きつけたり弱音を言える人が近くにいれば素敵だよね、と思う。

病気を経て変わった価値観

持病が一段落ついて(なんか最近毎回これ言ってる気がするな)、どのくらい経つだろう。今の病院に通院先を変えて、治療の効果が出だしたのは確か今年の 5 月か 6 月くらいだったろうか。

薬の効き具合が体調によって異なるので体調のアップダウンには未だに多少苦しまされるものの、それでも今の病院にかかるまでの、あの息をするのも苦しいほどの日々とは随分違った生活を送れている。

 

持病が一段落ついて、自分の価値観に生じた最も大きな変化は、「幸せの閾値が下がった」、これに尽きる。

今は、友達が少なくても、夢までの道のりがまだまだ遠くても、自分が技術者としてちっぽけな存在だと思い知らされても、独り身でも、それでも病気の苦痛・重圧・絶望感からある程度解放されただけで十分幸せだと胸を張って言い切れる。

人並みの人生を送れることがどんなに幸せか、病気になる以前の自分は全く知らなかった。小さなことでいつもウジウジ悩んで(まあそれは今もだけど)、自分は満たされないといつも思っていた。

だけど今は違う。

 

まあ、幸福を手に入れることとハングリー精神を捨てることは違うので、夢はこれからも引続き追い続けていきますよ、と。

 

追記

価値観が良い方向に変わったとはいえ、病気になってよかったとは思っておらず、僕は「病気はならないに越したことはない」派です。

社内勉強会で「RESTful API の設計のキホン」という話をした

自分の関わった案件で API のレビューをするときに、「こういうふうに直せ」と指示はしてきたけれど、「なぜそう直さなければならないのか」までちゃんと説明しきれてなかったので、API 設計の Good Practice(だと僕が思うもの)を資料にまとめて発表した。

まあまあリアクションは良かったので一安心した。

資料を作るにあたり参考にしたもの

Web API: The Good Parts

Web API: The Good Parts

Webを支える技術 -HTTP、URI、HTML、そしてREST (WEB+DB PRESS plus)

Webを支える技術 -HTTP、URI、HTML、そしてREST (WEB+DB PRESS plus)

あと、技評の @zigorou さんの特集。

Web API The Good Parts はすごい薄い本だし、エッセンスが凝縮されてると感じたので読んで損はないと思います。

今後の身の振り方とか

仕事についてつらつらと。


期の終わりということもあり、何人かの同僚が会社を去っていった。

自分は今年で、新卒入社した会社した会社に勤めて 5 年目になる。転職の盛んな (?) Web 業界で 5 年も経てば、結構な数の同期は今は別の会社で働いている。ありがたいことに、お前もこっちに来ないかとお誘いをいただくこともたまにある。

持病が一段落して少し周りを見渡す余裕が出たこともあり、自分は本当に今の会社にいて良いのか考えてみた。

結論としては、少なくともこれからの 1 年はまだ今の会社に居続けようと思った。理由としては、

  • こういうエンジニアになりたい、という明確なロールモデルになる人が身近にいる
    • よほど小さい会社でない限り、転職したからといってその会社で一緒に働きたい人と働けるとは限らないと思う。いろんな部署やチームがあるから。
    • 下手に転職して ↑ の博打を打つよりも、一緒に働きたいと思える人と働けている今の環境を大事にすべきだと思った
  • 自分が今後身につけていきたい技術と、今の業務で扱っている技術がおおむね被っている

というところ。

周りがどんどん転職しているからといって今はまだ焦って行動を起こすべきでないという結論に落ち着いた。


いかなる業務領域でも、スキルにならない業務を 0 にすることは難しいと思うが、スキルにならない業務をするときは「自分は今、スキルにならないことに時間を費やしているのだ」という緊張感は持つべきだなと思った。


夏は少々働きすぎた。特に 8 月はひどく、残業しすぎて人事から呼び出しを食らった。(働きすぎたらちゃんと刺されるってことはウチはホワイトなんだなと思った。)

なんでこんなに働きすぎてしまったのか ... と考えると、自分の業務が性質上、差し込みの仕事がとても多いことにあると思う。一つ一つは小さいが塵が積もって山となった。

差し込みの仕事を明確にガントチャートに積まずに、通常の業務にプラスしてやった結果残業が増えすぎた。

残業が増えすぎた結果、幸いにも身体は壊さなかったものの、平日の自由時間が減って精神が荒んだり、何より自己研鑽に費やす時間が減ってしまったりと、失うものがそれなりに大きかった。

まだまだ自分は利息で食っていけるほどスキルや知識が豊富な人間ではないので、勉強の時間が確保できてない生活はちょっとまずい。

なので

  • 差し込みの仕事にかかる時間をちゃんと見積もり、計測する
  • それが常識的な労働時間内に終わらないようであれば、差し込みの仕事を後回しにできないかとか、本業のスケジュールを伸ばせないかとか、ちゃんと掛け合う

ということを徹底したい。今月からは。